| 鹿児島県「知覧特攻平和会館」を訪ねました。
去る、8月26日(土)と27日(日)に宮崎市(宮崎県)で開催された「日本PTA全国研究大会」に参加しました。(茨城県PTA連絡協議会、および茨城県中央地区PTA連絡協議会の一員として前日の25日に現地入り)
大会は、第1から第8分科会、2つの特別分科会と全体会で構成され「愛する子どもたちの笑顔のために」をスローガンに掲げ、子どもたちの未来のために何ができるか、何をしなければならないのか・・を、考える有意義な研究・研修会でした。
そして、茨城県PTA安全互助会理事長の小圷真司君(写真左)と茨城県中央地区PTA連絡協議会会長の石井邦一君(写真右)と3人で、レンタカーを借り、鹿児島県知覧町にある「知覧特攻平和会館」に足を延ばしてみた。(宮崎市から高速で約180km)
知覧は、昭和17年、大刀洗陸軍飛行学校知覧分教所として開校し、少年飛行兵、学徒出陣の特別操縦見習士官らが操縦訓練を重ねていたが戦況が緊迫し険悪となり、ついに昭和20年 、本土最南端の特攻基地となった。
沖縄特攻で散華された1036柱の隊員は、知覧基地を主軸とする万世・都城基地、第8師団は台湾各基地、義烈空挺隊は熊本(健軍)基地から出撃しているという。
この特攻平和会館は、知覧町が「まちづくり特別対策事業」の一環として・・、沖縄決戦に人類史上類のない爆装した飛行機もろとも肉弾となり敵艦に体当たりした陸軍特別攻撃隊の遺影、遺品、記録等、貴重な資料が保存・展示し『永遠の平和』を願うため、昭和60年度から2ケ年継続事業として建てられた。
約2時間後には敵艦に体当たりするというのに・・、飛び立つ前の写真は、誇り高く、自信満々で、笑みさえ感じられる・・。
20歳前後の青年(最年少の隊員が17歳)が、国を思い、父母を思いながら筆をとる最後の手紙・・。どういう心境で筆をはしらせるのか・・。なぜこのような文章がかけるのか・・。涙があふれ、文字がにじみ、まともに最後まで読めない状態でした。
ここを訪れ、教育(方針は別としても)の重要性を再認識するとともに、平和の尊さをあらためて痛感した次第である。
|