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2006.10.24(火曜日) ―青春の忘れえぬ思い出― |
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2006.10.11(水曜日) ―あこがれのパイロットと・・・。― |
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2006.10.03(火曜日) ―可能性を信じて・・― |
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2006.10.24(火曜日) ―青春の忘れえぬ思い出― |
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以前、茨城県中央地区PTA連絡協議会・ホームページの「つれづれ日記」に、今から25〜6年前に、青山にある「ボートハウス」というお店の爆発的に売れたトレーナーの話を書いたことがあった。
福島県いわき市に住む大学時代の先輩が(同じ大学ではないが)偶然にこれを読み連絡をしてきた。
その先輩は学生時代 このトレーナーが大好きで毎日?着ていたらしい・・。
そして先日・・、いわきサンマリーナで20年ぶりに再会・・!
お世話になった先輩に会うのだからと思い、このトレーナーを取り寄せプレゼントした。
このトレーナーは、胸のところに「Boat House」のロゴとボートの絵を縄模様でふちどったマークがついており、6000〜7000円で当時としては非常に高かったが、それを買い求めるのに、一時、お店の前には数千人ものスゴイ行列ができた記憶がある。生地が特殊な工場で織られており、肘のエルボーパッチもしっかりとつけられており、首回りや袖口にも良い素材を使い、「本物の良さ」を前面に押し出していたトレーナーだ。
その先輩は、水色のトレーナーを袋から取り出した途端、「お〜!我が青春!」と叫びながら即座に着込んでしまった。
嬉しさいっぱい!という感じで・・、54歳になる先輩の笑顔が最高だった・・。
学生時代の思い出や仕事のこと、さらには子育て等の話で、あっという間に時間が過ぎていった。
面倒見の良い先輩も、今や地域で「面倒見の良い親父」に徹しているようだ。
聞くところによると、わが子、よその子関係なく、他人に迷惑をかけている子を見つけると必ず声をかけるというから頭がさがる・・。
さらに、先輩が熱く語る・・。
「他人に迷惑をかけるような悪さは、絶対にダメだということはいうまでもない。しかし、時には子どもらに悪いことを教える必要がある。もっとわかりやすくいえば、子どもらが悪いことをしたくなったときに悪いことを教えてやる。(中略)世間の親父たちは、危ないから!とか、まだ子どもには早すぎる!といった理由で単に悪いことだけを禁じたがっている。これは大いなる錯覚!大いなる間違いだ!単純な理由で禁止すれば、子どもらは大人を信用しなくなる。これが不対話の始まりだ。常に真面目一本、真面目一筋であれば良いのではなく、真面目に悪いことを教えるのも必要だ!」と・・。
この『難しい親父哲学』学ばねば・・。
地域で『良い親父という青春』を演じている先輩に感謝しつつ。
※茨城県中央地区PTA連絡協議会
URL.http://homepage2.nifty.com/chuo-pta/
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2006.10.11(水曜日) ―あこがれのパイロットと・・・。― |
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航空自衛隊・百里基地は、現在、「百里飛行場民間共用化」事業が進められており、やがては、札幌・大阪・福岡・沖縄をはじめとする日本各地への空路が開かれる。
過日、この百里基地を視察(見学)する機会を得た。
百里基地は、関東で唯一の戦闘航空団が所在する航空基地である。
さらに、航空自衛隊にひとつしかない偵察航空隊も所在し、日夜訓練に励んでおり、わが国周辺における国籍不明機の行動や不測の事態に素早く対応するため、昼夜の区別なく緊急発進できる態勢をとっているという。
私の幼少時代の夢は「戦闘機のパイロット」であった。
これまでにも、幾度となくセスナ機の操縦経験はあるものの・・、今回、第204飛行隊(F-15イーグル)と偵察航空隊(F-4Eファントム)の現役パイロットから様々な話を聞くことができた。
そのあこがれのパイロットから、急上昇や急旋回時に体に受ける抵抗や、音速飛行に入るときや音速飛行中の状況などを聞かされ・・感激!感無量だ!
また、アフターバナーを使用すると離陸距離は200m弱とかで・・、新潟県佐渡ケ島まで約12分で行ってしまうという。それも最高速(マッハ2.5)じゃないというから驚きである。スゴイのひとことだ!
これも、日ごろの訓練の成果だとはいえ・・、はるか雲の上を!真っ青な空を!自由自在に飛べるのだから益々あこがれてしまう。
日本の美しい空を舞台に、安全保障環境構築に向けて、活動を続ける隊員の皆さんに心から感謝しつつ・・。
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2006.10.03(火曜日) ―可能性を信じて・・― |
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ある旅雑誌に「パリ特集」が載っていた。
何気なくページを捲ると、懐かしい路地が目に飛び込んできた。
それは、エコール・ミリテール広場からのラ・ブルドーネ通り。
今から22〜3年前、仕事でフランスに行ったことがある。
そのころは、パリに夢を抱いて旅する日本人(若者)が多かった。
そんな日本人がフランス風の食事をしようとすれば、約16,000軒ものレストランがあるから、どこでしてよいのかわからない・・。が、ありがたいことに、当時からフランス風レストランのガイドブック(ミシェラン・ガイド)が発売されており、それには、三ツ星がトップで、二ツ星、一ツ星と三段階に区別されていた。
そのころの三ツ星が約10軒、二ツ星が約20軒、一ツ星が150軒くらいであり、要は、この星のあるお店は信頼でき、安心して食事ができるというわけである。
私も滞在中は、このガイドブックの情報を基に、ラ・ブルドーネ通りにある小さなレストランをみつけ毎日のように通い続けた。
偶然にも、そこのシェフは、西洋料理の修行でヨーロッパ中を歩いていた日本人で、最後にパリにきて、このレストランのオーナーと出会い、風前の灯だったレストランを包丁一本で一ツ星をつけさせたという・・。
当時は、「日本人がつくるフランス料理なんか食べられませんよ!」と言っていたフランス人も、いつの日か、「ジャポネもなかなかやるじゃないか!」ということになり、毎晩、満席になったそうだ。
「誰にでも可能性はある!」と、当時、実感させられたことを鮮明に覚えている。
単なる「とき」に流されてしまいそうな昨今・・、
常に、夢を持って、張りある毎日(人生)を過ごしたいと思いつつ・・。 |
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